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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)1938号 判決 1963年4月26日

原告 村上たか

被告 株式会社大和銀行

主文

一、被告は原告に対し金一、一二三、二二〇円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は第一項に限り、金三〇万円の担保をたてることを条件に仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立。

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一、一二三、二二〇円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二、原告(請求原因)

一、被告銀行は両替その他の銀行取引を業とするものである。

二、原告は昭和三一年二月一六日訴外村上育子を代理人として、被告銀行に対し金一一〇万円を左記約定の下に割増金付無記名定期預金として預け入れ、現金を交付した。

(一)  定期預金証書番号 第九回割増金付大和定期預金証書、番号第三六五二三号

(二)  預入年月日 昭和三一年二月一六日

(三)  元金 一一〇万円

(四)  期間 六ケ月

(五)  元利金支払期日 昭和三一年八月一六日

(六)  期間内約定利息 六ケ月一、〇〇〇円につき一八円、合計一九、八〇〇円

(七)  割増金 預金額一、〇〇〇円を一口とし、本件預金に対して計一、一〇〇口抽籖番号月第六九六組自第六一九六〇番至第六三〇五九番について抽籖によつて決定した割増金合計五、四〇〇円

三、よつて、原告は被告に対し右元金金一一〇万円、昭和三一年二月一六日から同年八月一六日までの約定利息金一九、八〇〇円のうち所得税一、九八〇円を控除した金一七、八二〇円、約定割増金金五、四〇〇円、以上合計金一、一二三、二二〇円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払済にいたるまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告(請求原因に対する答弁および抗弁)

一、答弁

(一)  原告主張のような内容を有する無記名定期預金契約が存在したことは認める。

(二)  本件無記名定期預金を原告代理人訴外村上育子が預け入れ、現金を交付したことは認めない。

(三)  なお、本件無記名定期預金の預金者は原告ではなく、訴外株式会社三葉商会であつて、本件預金は被告銀行の同訴外会社に対する貸金の担保となつていたものであるが、昭和三一年八月二日訴外会社の申し入れにより同年九月一五日に同会社に対する貸金債権と相殺したものである。

右の点は次の事実から明らかである。

1 訴外会社が本件預金をするにいたつた経緯

本件預金は、昭和二七年六月二四日訴外会社代表取締役社長亡村上喜三郎が同会社の裏預金として金一一〇万円を預入した無記名定期預金を次のとおり書替え継続したものである。

(預入年月日)     (担保提供者氏名)

(1)  昭和二七、六、二四(新規預入) 村上喜三郎

(2)  〃二八、一、七(書替継続日)  〃

(3)  〃〃七、一一(〃)       〃

(4)  〃二九、一、一九(〃)     〃

(5)  〃〃八、一〇(〃)       堀井泰雄

(6)  〃三〇、二、一一(〃)     〃

(7)  〃〃八、一六(〃)       村上たか

(8)  〃三一、二、一六(〃)     〃

そして、右亡喜三郎は本件預金の前身預金を右昭和二七年六月二四日に新規預入する際、これは訴外会社の裏金であることを被告銀行に対し言明し、同会社の出損による預金であることを明らかにしていた。

その後、この訴外会社の無記名定期預金は右のとおり計七回に亘り書替継続されているが、この手続は被告銀行において現金の授受をしないで振替勘定によつて継続されたものである。従つて、本件預金についても、昭和三一年二月一六日訴外会社専務取締役高橋秀秋が来店し、同人が本件前身直前の右(7) の預金の利息を受け取り、書替手続をなしたもので、これにより本件預金が成立したものである。

なお、すべて銀行取引において同一人の口座内において出金および入金が同時に行われる場合は、直接現金の授受を必要としないで右の如き振替の手続によつているのであつて、本件預金は最初の預入の際現金を預入れたほか一回も現金授受がなされず、全部書替継続によつていることに鑑みれば、本件預金は訴外会社の右新規預入定期預金の継続で実質上これと同一のものであつて、原告が本件預金を現金にて預入したとの主張が誤りであることは明らかである。

2 本件預金は訴外会社の被告銀行に対する債務の担保に供するため、担保権の設定がなされていたものである。

(1)  被担保債権の存在。

被告銀行と訴外会社間には次(イ)の如き取引約定があり、これに基く被告銀行の訴外会社に対する貸出債権額は次(ロ)のとおりである。

イ、昭和二三年六月八日当座預金取引契約

昭和二四年三月三〇日手形割引約定

昭和三〇年一月二四日手形取引約定

ロ、昭和三一年七月二〇日訴外会社不渡発生当時の債権額

商業手形割金残金 金 一一、三九六、五二五円

当座貸越残 金 八五二、二四五円

昭和三一年九月一五日(本件定期預金の解約日)現在の債権額

合計 金 一〇、〇一二、一八一円

(2)  担保権設定手続

イ、担保提供者 本件預金の前身最初の定期預金は訴外会社代表取締役亡村上喜三郎が、右預入と同時に訴外会社の担保に提供すると申し入れたので担保権を設定したが、これは同年八月一五日担保を解除され、その後昭和二八年一月七日この定期預金は書替継続されたが、同年三月九日にいたり、訴外会社の代表取締役社長亡村上喜三郎が被告銀行布施口支店に赴きこの定期預金を同日以降の商業手形割引等による債務に対する担保とする旨の申出があつたので、担保権を設定し、実質上の担保提供者は訴外会社であるが、右喜三郎個人を担保品預り証の名義人とし、その後、訴外会社の申出しにより、担保提供者および担保品預り証の宛名人は前叙のとおり訴外堀井泰雄ないしは原告名義としたものである。

ロ、「一時預り」という方法による簡易な担保権設定手続右昭和二八年三月九日右村上喜三郎が本件預金の前身たる第二の預金を担保として提供した際、被告銀行はその無記名定期預金証書裏面の受領欄にいわゆる裏印を捺印させ、被告銀行がこれを占有し、亡喜三郎に対しては一時預り証を交付して担保権設定手続を了し、この定期預金はその後前叙のとおり本件預金にいたるまで書替継続したが、その書替の都度、担保として、右の手続を履践し、一時預り証を訴外会社に交付してきたものである。そして、本件預金も昭和三一年二月一六日に訴外会社専務取締役高橋秀秋が被告銀行布施口支店に赴き、書替手続をなし、本件預金証書に裏印してこれを担保に供したものである。

なお、預金に対し正式の質権設定手続をなすには、担保差入証、預金者確認書(無記名定期預金に限る。)の作成と確定日付等の手続を要するので、多くの銀行では右のような簡易な「一時預り」という担保品提供の手続をとつており、預金証書にいわゆる裏印させるだけで、いつでも銀行は相殺が可能であるから充分担保の目的を達することができるのである。従つて、右により交付する「一時預り証」は預金証書の一時寄託を証する書面ではなく、担保品の預り証書である。

(3)  担保権の実行による本件預金の消滅

昭和三一年八月二日訴外会社代表取締役社長村上慶行は、被告銀行布施口支店に対し「割引手形の大部分は不渡となるから本件定期預金はその債務に充当して差し支えない。」旨申し入れたので、同年九月一五日本件定期預金の解約手続をなし、元利金合計金一、一二七、一八〇円(元金一一〇万円、期間内利息一九、八〇〇円、期日後利息一、九八〇円、割増金合計五、四〇〇円を前叙昭和三二年九月一五日現在被告銀行の訴外会社に対する合計金一〇、〇一二、一八一円の債権の一部弁済として充当され、本件定期預金は消滅した。

二、抗弁

1  かりに、本件預金が原告の預金であつたとしても、本件預金は前叙の経緯のとおり一時預りの方法により被告銀行の訴外会社に対する貸金の担保に供され、昭和三一年八月二日同会社社長村上慶行の申出により同年九月一五日右貸金に充当判決したので、本件預金は存在しないものである。

2  かりに、右の理由がないとしても、原告が本件預金の支払を求めるためには被告銀行に対し本件無記名定期預金証書および届出印章を提供することを要するものであるから、これを提供しない原告の請求は許されないものである。

なお、被告銀行が本件預金証書を所持しているのは、訴外会社あるいは村上喜三郎等から担保として提供されたもので預金払いもどしのため提供されたものではない。

第三、原告(被告の抗弁に対する答弁)

一、答弁

原告の夫である訴外村上喜三郎が生前訴外株式会社三葉商会の代表取締役社長であつたこと、右訴外人死亡後原告の実子である村上慶行が右代表取締役社長に就任したこと、訴外高橋秀秋が訴外会社の専務取締役であつたこと、および、原告が一時預り証と引き換えに本件定期預金証書を被告銀行の占有に委ねたことは認める。その余の被告抗弁事実はすべて認めない。

なお、右の一時預りをするにいたつた事情は次のとおりである。

訴外村上育子が昭和三一年二月一六日原告の代理人として被告銀行布施口支店に赴き本件定期預金契約をなし、その際預金証書を被告銀行に保護預りとして寄託し、被告銀行はこれに対し一時預り証を交付したものである。右一時預りは預金証書を被告銀行へ保護預りしたものであつて、原告は担保提供の承諾等したことはなく、また、本件預金証書裏面の割増金および元利金の受領欄に原告の印影が押捺されているが、これは原告が押捺したものではないので、右訴外人が右預入の際被告銀行に届出た印章を同銀行が冒用したものとしか考えられない。そして、右一時預りが担保権を設定するものでないことは、被告銀行が担保差入証、担保提供同意書、預金者確認書等を作成していないこと等、質権設定に要する手続を履践していないこと、原告は被告銀行に対し如何なる債務も負担したことはないし、まして被告に対する債務の担保として本件預金証書を預ける筈がないこと等からも明らかである。

第四、証拠<省略>

理由

第一、当事者間に争いのない事実

被告銀行が両替その他銀行取引を業とするものであること、被告銀行に原告主張のような内容を有する無記名定期預金債務(以下本件預金という。)が存在していたこと、本件無記名定期預金証書は一時預り証と引き換えに被告銀行の占有に委ねられていること、原告の夫である亡村上喜三郎がその生前株式会社三葉商会の代表取締役社長であつたこと、右喜三郎死亡後、原告の実子である村上慶行が同訴外会社の代表取締役社長に就任したこと、高橋秀秋が同会社の専務取締役であつたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

第二、本件預金の成立するにいたつた経緯

本件預金の成立するにいたつた事情について判断するに、相済み、解約、支払済の印影部分は証人伊東勝の証言により真正に成立したものと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第一号証、証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)、浅尾重一郎の各証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証ないし第一五号証、成立に争いのない乙第一六号証、ならびに、証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)、浅尾重一郎、村上育子、堀井昌子の各証言を綜合すると、本件預金は、昭和二七年六月二四日最初に預入した元金一一〇万円第一七回割増金付無記名大和定期預金を

(1)  昭和二七年六月二四日預入(右新規預入)

(2)  〃 二八、一、 七、〃 (書替継続日)

(3)  〃 〃  七、一一、〃 (〃)

(4)  〃 二九、一、一九、〃 (〃)

(5)  〃 〃  八、一〇、〃 (〃)

(6)  〃 三〇、二、一一、〃 (〃)

(7)  〃 〃  八、一六、〃 (〃)

(8)  〃 三一、二、一六、〃 (〃)

のとおり計七回に亘り元利金支払期日経過後に、その都度、元金については現金の授受を省略して銀行業務にいわゆる振替継続手続により新たなる同種の無記名定期預金に継続されてきた最終の預金であることを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前叙各証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、右の銀行業務にいわゆる振替支払による継続手続、原則として新旧預金者が同一人である場合において、定期預金等の元利金支払期日以降に現金(元金)の授受を省略して旧定期預金を消滅させ、新たな定期預金を成立させる銀行内部の便宜的取扱であつて、新たな定期預金については(従つて本件預金についても、)現金の交付があつたと同一の効力があると認めるのが相当である。

第三、無記名定期預金の預金者の判定基準等

そこで、本件預金の預金者を決定するためには、まず前叙昭和二七年六月二四日預入にして本件預金の前身たる最初の無記名定期預金の預金者を決定しなければならない。

ところで、無記名定期預金は、その預入に際し預金者は印章のみを届出で、銀行はこれに対し預金証書を無記名で発行し、満期後右証書発行銀行において預金証書および届出印章を呈示した者に対し元利金を支払うものであつて、銀行その他金融機関等において預金者が誰れであるかを知らないことを立前とする制度であるが、その他の取扱は通常の定期預金と同様であつて、無記名定期預金証書上に持参人払の文言はなく、発行銀行の承諾なくしては譲渡、質入をなし得ない旨の特約がなされていること、預入に際し印章の届出が必要であること等を考え併せると、無記名定期預金は、無記名債権ではなく、特定の預金者の存在を前提とする指名債権であると解するを相当とする。

そうすると、無記名定期預金の預金者は必ずしも現実に金員の預入手続をなした者ではなく、特段の事情のないかぎり、現に自らの出損により銀行に対し本人自ら、または使者、代理人、機関等を通じて銀行と預金契約をなした者であると解するほかない。

そして、前記乙第一号証、証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)浅野重一郎の各証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、三葉商会の印影および村上喜三郎の署名捺印が同人によるものであることは当事者間に争いがないので全部真正に成立したものと認められる乙第二号証、村上名下および代表取締役村上喜三郎名下の印影が村上喜三郎および三葉商会代表者村上喜三郎の印章によるものであることは当事者間に争いがないので全部真正に成立したものと推定すべき乙第三号証、第四号証、成立に争いのない乙第二〇号証、証人堀井昌子、村上育子、堀井泰蔵の各証言を綜合すると、原告の長女である堀井昌子(旧姓村上)は、昭和二七年五月頃堀井泰蔵の実子である堀井某と婚約をなし、同年一一月二四日堀井方へ嫁いだものであるが、右堀井昌子の婚姻に際し、同人の実父である亡村上喜三郎は、昌子に対し結婚の持参金として約金一〇〇万円を贈与したところ、同人はかねてより貯蓄していた自己の現金一〇万円をこれに加えて、合計一一〇万円を預金することとし、父のすすめにより、被告銀行布施口支店にて無記名定期預金をすることとなつたが、その際訴外堀井昌子は自ら預入の手続をなさず、村上と刻した自己の印章を父喜三郎に預けて預入手続を同人に委ねたこと、同人は自己が日常使用している印章と異なる堀井昌子の旧姓時の右印章を用いて昭和二七年六月二四日被告銀行布施口支店において本件預金の前身たる最初の無記名定期預金をなしたが、その際同支店支店長代理滝頭芳松に対し、本件預金は同支店との間に当座預金取引、手形割引等の取引を有する訴外株式会社三葉商会の裏預金であると述べ、被告銀行に対し訴外会社が右取引により負担する債務を担保するため同日右定期預金証書を交付し、一時預受渡通帳を得たが、訴外堀井昌子婚姻の直前である同年八月一五日にいたり一たん右担保を解消していること等を認めることができ、これらの各事実を併せ考えると、最初の預金である昭和二七年六月二四日の無記名定期預金一一〇万円は、訴外堀井昌子の出損により同人が被告銀行との間に、同人の代理人村上喜三郎を通じて預金契約をなしたものといわねばならず、結局右定期預金の預金者は堀井昌子であることが認められる。

もつとも、前記乙第一号証、第六号証の一、第一〇号証ないし第一六号証、第二〇号証、証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)の各証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の二ないし四、第七号証の一、二、成立に争いのない乙第二一号証ないし第二三号証、証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)、浅尾重一郎の各証言を綜合すると、訴外会社の代表取締役亡村上喜三郎が右預入に際し、この預金は訴外会社の裏金であると述べ、その後この預金の書替継続毎に、同訴外人や同人の死亡後訴外会社の代表者となつた村上慶行等は、右同様の言をなし、訴外会社の担保として定期預金証書を被告銀行に一時預りしていたため、一度も定期預金証書は銀行の占有を離れたことがない等の状況から、被告銀行が本件一連の定期預金を訴外会社所有のものと信じ、訴外会社に対する貸金認可申請書裏面意見欄にも、本件前身定期預金について、社長の別口定期が浮いている旨記載していること等を認めることができるが、これらの状況に基きいかに被告銀行が本件一連の預金の債権者を訴外会社であると信じたとしても、何ら本件預金の前身たる最初の預金の預金者が訴外堀井昌子であることの妨げとなるものではなく、また、これらの各事実をもつて直ちに本件前身預金が訴外会社のものであると推認することもできない。

第四、本件無記名定期預金の預金者

そこで、本件無記名定期預金の預金者が原告であるか否かについて判断するに、前記乙第一号証、第一〇号証ないし第一六号証第二〇号証ないし第二三号証、成立に争いのない甲第一号証、第二号証、証人堀井昌子、村上育子、堀井泰蔵の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、前叙認定のとおり、当初訴外堀井昌子の所有であつた最初の無記名定期預金について、同人はその預金証書および届出印章等は同人の義父である堀井泰蔵または実父亡村上喜三郎に預けて委せきりになつていたものであるが、父喜三郎死亡後、実家の生活が困窮するにいたつたのでこれを救うため、昭和三〇年八月頃本件定期預金を原告に贈与したこと(この贈与は、後に認定のとおり有効である。)右訴外人は昭和二九年七月九日に死亡したものであるが、その直後である同年八月一〇日に、本件預金前身たる第四の預金の書替手続をなした際、届出印章を堀井と刻した印章に変更したうえ、預金証書の一時預り証の名宛人を従前の村上喜三郎から堀井泰蔵に改め、さらに昭和三〇年八月一六日にいたり右届出印章を村上と刻した原告所有の印章に変更するとともに、右宛名を原告名義としており、その後に書替えた本件預金についても、その届出印章、一時預り証の宛名人は右同様であること、右の宛名を従前の村上喜三郎から堀井泰蔵に変更した昭和二九年八月一〇日以後の書替手続は亡村上喜三郎の次女である村上育子が、右原告名義に変更するまでは訴外堀井昌子の代理人または使者として、その後は原告の代理人として被告銀行へ赴きこの手続をなしていたこと、そして、右手続により受け取つた本件預金証書の一時預り証は引き続き原告において保管していること等が認められ、これらの各事実を綜合すると、本件預金の預金者は原告であることを推認することができる。そして、右認定に反するところのある証人滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)、浅尾重一郎、伊藤源太の各証言部分は前叙各証拠に照らしたやすく信用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

なお、右認定の本件前身預金の預金者堀井昌子から原告への定期預金の贈与による譲渡の効力について考察するに、前記乙第一号証、第一〇号証ないし第一六号証を綜合すると、本件のような無記名定期預金は被告銀行の承諾なくして譲渡または質入をすることができない旨の特約があることが認められ、これとすでに認定したとおり、本件預金は昭和二七年六月二四日新規預入以降各元利金支払期日経過後、一度も現金の授受をなさず、その都度いわゆる振替支払による継続手続をとつて来たこと、この継続手続は銀行が同時に行うべき同一人口座の現金の授受を省略する便法であること等の事実を併せ考えると、堀井昌子の原告に対する本件前身第六の無記名定期預金の譲渡は、元利金の支払を受けるまでは被告銀行に対してはその効力がないが、一旦元利金の支払を受けて、これを原告に譲渡することはもとより差し支えないものといわねばならず、従つて、この現金の授受を省略して、銀行が書替手続を行う際に右譲渡の効力は完全に生じ、爾後新規預金については原告が自己の出損によつて預け入れたものとして、預金者たる地位を取得するものと解するを相当とする。

蓋し、右銀行業務にいわゆる振替勘定による継続手続は原則として同一人口座の現金の授受を省略する手続であるが、無記名定期預金は銀行において預金者を関知しない立前であるから、銀行は預金証書および届出印章持参人の申出があれば継続手続をとらねばならず、その際新旧定期預金の預金者が変更していたとしても、これを知る由もないし、また知つたとしても、この継続手続を拒むべき理由もないうえ、右継続手続という取扱は、単に現金の授受を省略する銀行内部の手続であつて、新旧定期預金の同一性を確保する手続ではないからである。

そうだとすれば、結局、訴外堀井昌子の本件前身定期預金の原告への譲渡の効力は、昭和三〇年二月一〇日預入本件前身預金第六の定期預金の元利金支払期日後の同年八月一六日に村上育子が原告の代理人としてこの書替手続を了した際、その効力を生じ、それ以後の預金すなわち、同日預入の本件預金の直前身の預金および本件預金の預金者は原告であると認められる。

第五、「一時預り」の性質、効力等

次に、被告銀行の本件預金は訴外会社の被告銀行に対する債務の担保のため一時預りの方法により担保権が設定され、この担保権の実行により消滅したものであるとの仮定抗弁について判断するに、前記甲第一号証、第二号証、乙第一号証ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証の一、二、乙第一〇号証ないし第一六号証、第二〇号証ないし第二三号証、証人滝頭芳松の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証、第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一七号証ないし第一九号証、第二四号証、ならびに、証人伊藤源太、滝頭芳松、伊東勝(第一、二回)、浅尾重一郎、村上育子、堀井泰蔵、堀井昌子の各証言、および原告本人尋問の結果を綜合すると、昭和二七年六月二四日本件前身預金第一の無記名定期預金を預入する際は、預金者である堀井昌子は、その実父喜三郎に自己の印章および現金を預けて、右無記名定期預金の預入手続一切を同人に委せ、同人を代理人として被告銀行布施口支店との間に右預金契約をなしたものであるが、この預入に際し、預金者堀井昌子の代理人である村上喜三郎は、右支店支店長代理滝頭芳松に対し本件預金は、同人が代表取締役社長をしている訴外会社三葉商会の裏預金であつて、訴外会社の被告銀行に対する当座預金取引、手形取引に伴う債務の担保に供する旨申し入れ、本件預金証書裏面元利金受領印欄に右届出印章を押捺したうえ、同証書を被告銀行に引き渡し、同銀行から「一時預り証」を受け取り保管し、その後同訴外人が昭和二九年七月九日死亡するまでの間、同人は引き続き預金者堀井昌子の代理人として同人の右届出印章等を保管し、かつ、右預金の元利金支払期日経過の都度、昭和二八年一月七日、同年七月一一日、昭和二九年一月一九日の計三回に亘り本件前身定期預金を被告銀行において書替継続の手続をなし、その際いずれも前同様、新証書裏面元利金受領印欄に届出印章を押捺する等して一時預りの方法による担保権設定手続をなしていたこと、訴外会社と被告銀行との間には当座預金取引、手形割引取引等があり、同銀行は訴外会社に対し昭和三一年九月一五日現在商業手形割引による買戻債権が金三、三八〇、三六六円あるほか、他に当座貸越等の多額の債権を有していたこと、右同日、被告銀行において本件定期預金元金一一〇万円、期間内利息一九、八〇〇円、期限後利息一、九八〇円、合計金一、一二一、七八〇円を右債権に充当したが、この際被告銀行は本件預金に対する一時預り証を受けもどしていないこと、そして、右「一時預り」という被告銀行の取扱は、同銀行にはその事務取扱規定等はないが、元来、担保権設定者たる取引先の税務署等に対する配慮や、市中銀行に対し拘束預金を少なくせよとの大蔵省の要請に対する被告銀行の配慮等のため、預金債権に質権を設定する際の正式手続である担保差入証、担保品預り証、預金者確認書(無記名定期預金に限る。)等の作成を省略し、便宜的取扱として、預金者にあらかじめ預金証書裏面の元利金受領印欄へ届出印章を押捺させたうえ、正式な一時預り証用紙がないので、既成の印刷した保護預り証または担保品預り証用紙の表題部分を「一時預り証」と訂正して、これを預金者(担保権設定者)に対し、右証書の一時預りを証する書面として交付し、被告銀行は右捺印を受けた預金証書を保管し、必要に応じ担保権設定者等に対する債権に充当することを確保するもので、むしろ譲渡担保類似の性質を帯びる制度ともいうべきであつて、保護預り依頼証等の手続、保管手数料等を要する保護預りとは別個のものであることを認めることができる。

しかしながら、亡村上喜三郎が右のような担保権設定権限を預金者たる堀井昌子から授与されていたとの事実は、被告の立証その他本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はないので、被告においていわゆる越権代理に関する民法第一一〇条の主張、立証があれば格別、これのない本件においては右担保権設定行為が有効に成立したものとは認めることができない。それのみならず右各証拠によると、村上喜三郎死亡後、前後四回に亘り本件前身預金の書替手続をなしていた村上育子は、右「一時預り」という手続が前叙のような譲渡担保類似の担保権設定手続であることを関知しないで、従前の一時預り証を持参し、利息のみを受領のうえ、書替手続をなした新たな一時預り証を持ち帰つていたことおよび右書替による各預金証書裏面元利金受領印欄にはいずれも届出印章が押捺されていることを認めることができるが、その際同訴外人が自己の意思に基き担保権設定の認識のもとに、右各預金証書裏面に届出印章を押捺したとの事実は被告の立証その他本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はない。

右認定に反し、本件預金へ書替える手続は訴外会社の専務取締役高橋秀秋が届出印章等を持参してなしたものであると供述する証人伊東勝(一、二回)、浅尾重一郎の各証言部分は、前叙各証拠に照らしたやすく採用でき難いし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

果してそうだとすると、本件預金について預金者である原告が被告銀行主張のように、同銀行に対する債務の担保のため一時預りという手続により譲渡担保類似の契約を締結したことを認めることはできない。

けだし、振替支払による預金の継続手続は何ら前後の預金の同一性を確保するものではなく、単に現金の授受を省略する意義を有するに過ぎないものであるから、預金の書替継続手続の際には、それぞれあらためて、右一時預りの契約を預金者と締結することを要すると解すべきところ、預金者の代理人である訴外村上育子は、さきに認定したように、被告銀行が「一時預り証」の正式用紙を用意しないで、保護預り証用紙または担保品預り証用紙を、その表題を一部訂正して利用していた関係等から、特に保護預り証用紙を利用した場合はその証書の文面には全く担保に供する旨の文言はないので、単に預金証書を銀行に保管してもらう趣旨に誤解し、またそのような保護預り証用紙を利用した一時預り証と題する書面を合計三回に亘つて受けて取つていたので、本件預金証書については担保品預り証用紙を利用した書面を一時預り証として受け取り、それには「右一時預り担保品として受取候也」との文言が挿入されているのであるが、それに気ずかず、また、これに異議を述べなかつたとしても、被告銀行等取扱の「一時預り」という制度が、前叙の譲渡担保類似の制度であることを訴外村上育子等銀行の一般利用者が悉知している程明らかな商慣習となつていることが認められれば格別、そのような主張も立証もないばかりか、被告銀行において担保権を実行する際本件預金に対する一時預り証を回収していない本件においては、訴外村上育子が右のように一時預りという取扱が譲渡担保類似の制度であることを知つて、担保権設定契約をなす意思を有していたことは認められないからである。

第六、預金証書および届出印章の提出について

そこで最後に、被告銀行の本件預金証書と届出印章とを原告が提出しないから、原告の本件預金支払請求はその要件を欠き許されないとの抗弁について判断するに、右主張は甚だあいまいであるが、まず右主張が、無記名定期預金は証書および届出印章がなければ絶対に権利を行使し得ない無記名債権(ないし有価証券)たる性格を有することを前提とする主張(民法施行法第五条、商法第五一八条参照)であるとすれば、無記名定期預金債権は、すでに認定したとおり、無記名債権(ないし有価証券)ではなく通常の指名債権であるから、右主張はそれ自体理由がないことは明らかであるし、また、右主張が、本件預金の支払と預金証書および届出印章の提出との同時履行の抗弁であるとすれば、民法第四八七条の規定は全債務の弁済終了後の証書の引渡請求権を定めるものであつて、同時履行の抗弁権を与えたものではないと解すべきであるから、右同時履行の主張にはその特約が存在することを主張、立証しなければならないものであるところ、本件においてはこの主張も立証もないばかりか、さきに認定したとおり本件預金証書は被告銀行において届出印章も捺印のうえ保管しており、それがたとえ一時預りのため提出されたもので払いもどし請求のため提出されたものでないとしても、さらに原告に預金証書および届出印章の提出義務があるとは到底認められないので、右抗弁は採用することができない。

第七、以上のとおりであるから、被告銀行は原告に対し定期預金元金金一一〇万円、右約定利息金一九、八〇〇円、右約定割増金金五、四〇〇円合計金一、一二五、二〇〇円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払済にいたるまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることは明らかである。

よつて、被告銀行に対し右義務のうち所得税金一、九八〇円を差し引いたと自認し、その残額である合計金一、一二三、二二〇円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払済にいたるまで商法所定年六分の割合による金員の支払を求める本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 玉重一之 牧野進 吉川義春)

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